先月6月24日、25日の二日間県立石見武道館を貸切、いわみ子供神楽フェスタ20周年記念大会を開催いたしました。今から20年前、今は亡き松田昭友氏、橋本敏氏と共に竹内惟臣、小川憲治氏とともに神楽を愛する子供たちの未来のために、後継者育成と青少年健全育成を目的に大会を立ち上げました。あれから既に20年が経過したとは年月が過ぎゆく速さをあらためて感じています。現在この大会はすっかり地域の行事として定着しており、神楽を継承する子供たちの励みの舞台となっているように思います。その第一回大会で参加した小学生たちが現在20台となり浜田に定住し、子供神楽の指導者として頑張っている姿をみると本当にうれしく思います。大会の大きな目的は確実に達成されつつあると確信しました。

今回は二日間にわたり計16団体の子供達の素晴らしい舞を見せてもらいました。

また途中、「子供神楽の未来」と題したシンポジウムを開催。現在頑張っている小中学生に第一回参加した若者を加え子供神楽の今までの役割と今後子供神楽が地域に何をもたらすか?会場の皆様に問題提起もさせていただき、20周年記念式典も含めとても有意義な節目の大会と自負しています。今後はさらに子供神楽振興のために指導者育成、地域で神楽を支える環境整備にも努力していきたいと決意した大会でした。協力企業、関係者をはじめ来場いただいた皆様本当にありがとうございました。

 



先日の29日、絶好の祭り日和に私達どんちっちサポートIWAMIが浜っ子祭に今年も子供鬼軍団+大人の鬼で参加させていただきました。当日は少し暑さも感じる日となりましたが、小学校低学年も含め約20人の子供鬼軍団が沿道の観客に目いっぱいアピールしていました。この子供鬼軍団も毎年恒例となり楽しみに待っていてくれる皆様に元気を届けることができたかなと自負しています。

さて今年は以前も紹介したように、石見子供神楽フェスタ20周年記念大会を6月24日〜25日に県立石見武道館で開催することが決定しています。是非とも子供たちに声援を送ってやっていただければ幸いです。二日間にわたり大会を開催することは初めての経験です。皆様のお力をお借りしながら大会を盛り上げていきたいと思います。

 



今年も恒例の子供神楽の新春舞台を2月19日の日曜日、少し肌寒い中長澤神社舞殿において元気に開催いたしました。この舞台もすでに3回目を迎え地元の風物詩として定着してまいりました。当日は長澤社中の子供達、亀山社中の子供達、そして江津市谷住郷社中の子供達が一堂に会して元気な神楽を披露してくれました。このイベントはより子供たちの神楽発表の機会を増やし、子供たちにより神楽の魅力を体験してもらうために長澤社中、亀山社中の若手を中心に始められました。 当日は長澤神社の総代会のご協力を得ながら、うどんや焼き鳥の振る舞いも行われ、参加した子供たちのご家族はもちろんのこと、神社周辺の住民の方々も大いに楽しみ声援を送っていただきました。支えていただいた皆様本当にありがとうございました。さらに舞台中盤ではお楽しみタイムと称して長澤社中、谷住郷社中の大人の合同で塵輪を熱演。子供達も大いに盛り上がりました。 実は子供神楽の発表の場は子供たちが所属している社中の関連で舞う場合や私たちが20年続けてきたいわみ子供神楽フェスタ等の大会があります。しかしながら、その回数は非常に少なく今後子供たちの活躍の場の拡大が望まれています。 今回の小さい規模の舞台であってもとても意味のある取組だと感じています。 今後の子供神楽の活動に皆様方のご支援をよろしくお願いいたします。 写真は大人の塵輪、亀山社中の子供たちによる大蛇です!

 




1月2日、まだ正月真只中!本年も昨年同様「世界子供美術館」における、新春神楽を奉納いたしました。演目は「胴の口」「「恵比須」「頼政」「大蛇」の4演目。一年の始めとしての神楽ですから、若手の提案で「胴の口」をさせていただきました。「胴の口」というのは胴の口開けとも神祇太鼓とも呼ばれ、4つの太鼓を神楽歌とともに4人で打ち鳴らす荘厳でかつ軽快な囃子と言えます。日頃はあまり奉納されることがない演目です。まさに新年の始めとして相応しいといえます。長澤社中の神楽が多くの皆様に神々の神々しさを感じてもらえ、元気をお分けできるよう私達も頑張って参ります。また若者たちには進化すべきものと変えてはならないものをきちんと伝えていきたいと思います。今広島神楽がメディアに大きくアピールをしていますが、島根県西部の元気のためにも石見神楽の果たす役割は大きいと感じています。今年も神楽を極めて頑張りますよ!






11月19日少し肌寒い広島空港を後に降り立った那覇では超暑い29度。実は私は今からかなり時間をさかのぼること16年前の2000年、喜納昌吉&チャンプルーの皆さんと出会い沖縄と浜田の絆づくりに関わりました。そのきっかけは、浜田節のルーツがハイヤの流れを汲むということを知った時からでした。ハイヤは沖縄の南風(はえ)が原点でその節は北前船により全国に伝わり今の形になったという!そういった中、浜田では全国ハイヤサミットが開催され、ご縁のできた喜納昌吉さんと浜田で石見神楽ジョイントコンサートを開催。また沖縄の宜野湾での平和のコンサートニライカナイ祭りが開催され浜田からも神楽合同チームを送りおおいに盛り上がったのが昨日のようです。その時に浜っ子ハイヤの曲を喜納昌吉さんに創っていただきました。今も浜田市で踊られているあの曲です。当時「浜っ子ハイヤの会」束本会長と亡くなった若手議員が沖縄に通いできた曲です。あれから十数年経過した今、私達も沖縄との交流に距離があきせっかくのご縁がもったいないなと思う日々を送っていました。実は今回11月上旬に久々にニライカナイ祭りへの参加のお誘いもあり絶好の機会と捉え当時の浜っ子ハイヤの会の会長と那覇へ飛び懐かしい喜納昌吉さんたちと再会を果たしました。奇しくもこの日私の母校昭和薬科大学の同窓会が付属高校のある那覇で開催。久しぶりの同期郵政との再会もあり私はダブルで濃厚な時間を過ごさせていただきました。同級生のみなさんありがとう!そし喜納昌吉さんとチャンプルーの皆さん再開最高でした。沖縄での神楽出演、浜田での久々のコンサートの実現等夢が続きます!


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