6月14日日曜日、治和六丁内周布古墳のある場所で今年も周布古墳を学び山女を食べるお祭りが開催されました。この祭は10年前に重要な古墳でありながら広く知られていない周布前方後円墳をもっと広め地域の活性化に繋げようとの想いで企画しました。私も発起人の一人として手伝ったのがつい昨日のことのようです。

今回は10周年で私も感無量です。勉強会では「周布地区の大昔の道具」について藤田大輔氏が講演。その後山女魚を食べながら石見神楽周布青少年保存会の神楽、県立大学の大道芸で楽しみました。ちなみに県立大学学生も毎年手伝ってくれています。

今後益々この祭りが地域に活力を与えることを祈らざるをえません。


市長選を戦って早くも一年半が経過しました。現在は薬剤師の業務をこなしながら、町づくり活動や子供神楽の新振興計画、デジタルコンテンツを活用した地域の魅力発信に取り組んでいます。私は常に町の元気作りに協力するというスタンスで頑張っています!

先日5月12日の夜2時間と16日日中4時間を使用した、市民100人委員会が開催され、多くの市民が熱いまちづくり議論を行いました。これは一般公募で案内があり、私も応募して何とか浜田の活性化の意見を述べたいと友人にも声をかけて参加しました。参加してみると、以外と幅広い年齢層に驚きました。テーマを選んでのワークショップが基本で、私は文化・教育を選択。子供たちに地域の素晴らしい歴史を認識してもらう教育カリキュラムの設定やキャリア教育の充実、神楽文化の世界発信等様々な具体的プランを発表しました。

今回は付箋紙を活用した浜田を元気にする要素の拾い上げや、それをどう使ったら街が楽しくなるのか?等とても熱い議論ができました。大切なことは、この様な取り組みを継続することだと確信しました。


先日浜田市総合福祉センターにおいて「浜田市食生活改善推進協議会」の総会が開催され、その研修会の講師として招かれました。食生活改善推進協議会の皆さんは日頃より食生活の改善を通じて健康増進を図るとともに、新しいメニューの開発を行い豊かな食卓の演出も手掛ける等とても有意義な活動をされている敬意を表したいと思います。

当日はとても香ばしい豆茶とスイーツで迎えていただきました。私の講演は健康の基本は「食」にあり「薬」はあくまでもそのサポートをするものと強調しました。さらに「薬食同源」という考え方に加え、笑うことが免疫力向上に繋がることを伝えたところです。今後も食生活改善推進協議会の皆さんと連携して健康づくりを推進していきたいと考えています。夢があっても健康でないと叶いません。是非元気な浜田は食生活の充実から!


3月5日第63期浜田准看護学校の卒業証書授与式に参加してきました。今年度は新たに准看護婦という資格を手にした26名の卒業生を送り出す厳粛なセレモニーにこちらまで身の引き締まる思いです。私が准看学校の卒業式に参加するのは数年前から浜田准看護学校の生徒に薬理学を教えているため、やはり彼らの人生の節目には立ち合いたいとの思いからです。

現在浜田市は全国共通の地方の課題を抱えています。それは医療、福祉スタッフの充足率が低い点です。私が市長選でその点を訴えましたが解決策はなかなか見つかりません。ただ浜田高等看護学校、浜田准看護学校、リハビリテーションカレッジ島根等地方としては恵まれた医療・福祉スタッフの育成機関が存在するのにかかわらず地元定着率が極めて低いのが残念でなりません。彼らが浜田市に残る戦略がうてれば浜田市の医療福祉スタッフ不足の解消にも寄与、人口増にも貢献できるのは明白です。今年の卒業生も地元に就職してくれるのは2名です。また13名が県外に進学するという状況を伺い寂しい思いをしています。彼らがこの地に残れないのは何がたりないのか?真剣に考えなくてはならないですね!


1995年1月17日午前5時46分。未曾有の大震災が阪神地方を襲った。後に阪神淡路大震災と命名された大災害です。私はその一週間後、日本薬剤師会からの要請を受け現地に医療ボランティアとして赴いたのを昨日のように思い出します。島根県からは当時島根医科大学薬剤師の先生と私の二人で被災地を目指し、線路の分断されている所は徒歩で瓦礫の間を歩いて現地に到着。そこから一週間現地の高校の廊下に寝袋を持ち込み活動したのを覚えています。その時に実感したのは「人」の命の尊さと当たり前の日々がいかに非凡かということでした。

その年1995年は私が初めて市議会議員選挙に立候補した年でもあり、4番目の子供がこの世に生を受けた年でもあり、私の人生の節目となる年でした。その後1月17日のメモリアルデーの式典に何度か参加。一番新しい参加は5年前で日本PTA協議会総務委員長をさせていただいた際、PTAの委員で式典に参加して多くの命の冥福を祈ったところです。今回は20年目の節目の式典なので当時の日本PTAの役員仲間と同窓会を開催し、17日の20年目の集いに参加しました。肌寒い当日朝5時46分、多くの参加者が一斉に祈りを捧げました。この祈りがお亡くなりになられた多くの方々に届いたはずです。 私たち地方都市でも災害はいつ発生するかわかりません。災害に強い街を建設することと市民の防災意識を高めることの大事さを痛感しています。さらに自衛隊との連携や消防団の育成も欠かせない戦略だと思います。


« 1 2 3 (4) 5 6 7 ... 25 »