私の基本理念

地域財産!それは「ひと」です

 最近つくづく「地域づくり」も企業もその未来は「人」によって決まるものだと感じるようになりました。私自身、多くの人たちの出会いから多くの事を学ばせていただき、実践の場で活かせてこられたことの大切さが身にしみています。

 出会いとは運命的なものだと言われますが、自分の人格以上の出会いは起こらないのだから、運命的というより自分自身の器をどの程度大きくできたかということに左右されるのではないでしょうか。その器を強く大きくするためには、強い意志と夢がなくてはなりません。常にあきらめず、前向きな思考が自分にチャンスをもたらすのです。それも自分のためというより、自分の大切な人たちのために動こうとするとき道は開けるような気がします。

 「まちづくり」は「ひとづくり」とは、よく言ったものです。よく考えてみればこの故郷浜田に誰も住んでいなければ、医療も福祉もましてや図書館も教育も必要ありません。過去よりこの地を愛しこの地で生の営みをしたいと思ったからこそ、人々はこの地にとどまり歴史を重ね文化を育み現在の「まち」があるのです。私たちは「先人」の思いを感じこの「まち」を次代へと送り渡す指名があるのではないでしょうか。そして、そのような想いを持つ住民を一人でも多く育て上げることが未来のためのみならず、今の私たちにとっても住みよい地域を創造する最大の要素だと思えてならないのです。

 住民意識が変わることで地域は大きく変わっていくのです。住みやすい町は多少の財源があれば可能かもしれません。 しかしながら、住みたい町は社会資本整備に加え、地域の住民同士の信頼関係、行政と住民の信頼関係が良好でなくては実現できません。

 私は、かつて地域で子育てをする習慣、地域における相互扶助の習慣等今は消えようとしている良きシステムを復活させ地域力を向上させる、すなわち「コミュニティルネッサンス」を提唱しています。その基本ユニットは「家庭」です。その家庭もいまや核家族化しコミュニケーション力の欠落へ拍車をかけています。教育の課題も家庭教育力の欠落にあると指摘されています。たしかに子供たちの価値観は幼少時代の家庭教育に大きく左右され、地域を支える「ひとづくり」の第一歩は家庭力の向上と言えるのではないでしょうか?
 

自分自身の「MAP(地図)」を持とう

 人材育成において育成システムは大切ですが、本人が変わろうとする意思なくしては何も変わりません。企業や地域の発展のための「ひとづくり」は結局、本人のモチベーションの高さにかかっています。継続的な情熱こそが課題解決の原動力と考えます。夢を持つことと諦めないことがもっとも大切なことです。

 やめる理由を探すことは簡単ですが、続けることの困難さは皆さんもよく知っていることと思います。諦めるとその先には何も待っていません。しかし敗れても挑戦を続ければ、その先には可能性が残ります。

 さて「まちづくり」に必要な人材は結局どのような人間なのか?それは自分自身のMAP(地図)を持っている人間であると私は思っています。MAPのMはMisson(目的)、AはAction(行動)、PはPassion(情熱)です。目的を持ち情熱を持って行動に移す人間こそ地域には不可欠です。特に今の市職員には自分自身の地図を持ち、決まりきった業務を超えて市民のための創造的戦略に身を投じてもらいたいと切に願います。
 

私は「水」になりたい

 今「私は貝になりたい」という映画がリニュアール版で好評を集めています。余談ですが、あの映画の中で登場する島根県隠岐の国賀海岸の圧倒される壮大な美しさを見るため、隠岐へ行って参りました。同じ県内にこのような素晴らしい場所があるなんて、外ばかり目を奪われがちな私にとって今一度、足元の地域財を見ろとの啓示かとも思ったところです。

 最近この映画タイトルを見ながらふと「私は水になりたい」と思ったのです。水は生命の源であり、命を育んだのも「母なる海」と言われています。体の大半も水分で構成されており、まさしく水の存在なくしては、人間は存在しえません。また「上善は水の如し」というように、理想は水のようなものだと言っています。人々になくてはならない存在でありながら、決してその功を自慢することもなく、やがては私たちの足元へ落ち消えていきます。さらに水には二面性があり、どのような器にいれてもその形に身を合わせ、反面長い年月をかけ岩をも砕く力を秘めています。

 私は地域づくりにおいて、決して驕ることなく地域をバックアップし、多くの人たちと連携し、ここぞというときに、一転突破全面展開ができる人間として取り組んでいきたいと考えています。つまり「私は水になりたい」ということです。